全人的対応と行動の5段階
― 安らぎの歯科診療 ―
森嶋美夫 (森嶋歯科医院)
Ⅰ.はじめに
1990年の医学会総会のテーマは、「転換期の医学・医療」でした。医療界では、20世紀の急激な産業化社会の中で効率化・機械化が最優先されたため数々のひずみが生じました。その是正のため総会では21世紀の新たな医療モデルが模索・検討されました。前会長の故中川米蔵先生は、「その目指すところは、人間性の回復である」と、医療の質的転換を提唱されました。
それから5年間、実際に人間性の回復を目指した歯科科医療を試み、その要因を考察し実際に現場で応用できる仮説を構築しました。そして1995年から今年まで毎年今学会の場をお借りして事例研究の報告をすることにより仮説を検証・考察してきました。
Ⅱ.事例報告の経過
1995年 ・ 1995年 ・保健医療者の「潜在意識の活用法」について
1996年 ・The Comprehensive Medi-Care andthe Role of Master and Supper
counselor
1997年 ・ 1996年 ・医療とカウンセラー(医療のトータルコーディネーター)の役割
1998年 ・全人 1997年 ・全人的対応と行動の5段階
1999年 ・燃えつきから自立へ
・ ・悲嘆との関わり・配偶者を亡くした事例(第1報)
2000年 ・老年期においてSufferingを通して自己成長しつづける事例(第1報)
2001年 ・ 2001年 ・悲嘆との関わり・配偶者を亡くした事例(第2報)
2002年 ・老年期においてSufferingを通して自己成長しつづける事例(第2報)
2003年 ・医療者と患者間のコミュニケーションにおける成長・発展
2004年 ・ 2004年 ・具体的治療方針の段階設定を転換する「まとめ」の検証
Ⅲ. 事例研究の結果=全人的対応を構成する要因
これまでの事例報告の検証結果、医療における人間性の回復をめざした全人的対応を行うためのシステムとして下記の6項目の仮説が得られました。
1.前提条件=医療者における全人的対応を行う自覚の意識的育成
医療者の手技的・心理的・カウンセリング的技術の熟練は必須であるが、医療者が前提条件としてデス・エュケーションなどにより「医の心」を育む必要があります。医の心の成長が、チームとしての許容能力・先見性・自己コントロールを高めます。
また、対話時の傾聴などは、日ごろから集中力・注意力を養成することが必要であることから、医療者には日々の自己研鑽の積み重ねが求められます。
2.対話におけるロゴス(言葉)による慰め・希望の方向設定=行動目標(5段階)・心の成長
医療における患者さんに対する対応は、1999年W.H.O総会で「健康とは、身体的、精神的、社会的かつ、霊的に完全な一つの幸福な状態を意味し、決して単なる病気や障害の不在を意味するものではない」との提案がなされたことを考慮し全人的であるべきです。また医療の場において、善意の誘導型コミュニケーションあるガイダンスをおこなう場合は、ある程度の行動目標を設定し方向を示す必要があります。
3. 具体的治療方針の段階設定
対処療法の積み重ねではなく、疼痛処置の終了後、メインテナンス導入までの治療計画の枠組みを設定する医療者・患者間の対話(まとめ)により、治療のステージ・アップを図ります。
4.医療者の自己支援ネットワーク(手段的・情緒的)の強化
ストレスを引き起こす事態の発生は完全に避けられないため、常日頃から自分を支援してくれる社会関係網=ネットワークを意識的に充実・強化しておく必要があります。
5.医療チームスタップ間のサポートの充実
全ての患者さんに医師が有効にガイドするのは不可能です。ケースによってはガイド役をスタッフが担当する必要があります。
6.患者さんの全人的背景の把握
社会的(経済力、家族歴、通院歴、職歴)肉体的(健康状態、全身的病歴、口腔環境と治療歴、)精神的(健康価値観、デンタル・トラウマの有無、)霊的(ターミナルケアの有無)などの情報は、意識的に集積しスタッフで共有すると有効です。
Ⅳ.安らぎの歯科診療
今回は、治療という考え方で動いてきた医療とは異なる、安らぎを目的にした全人的歯科医療における事例の検討・考察を行います。そして歯科疾患を治療するだけでは健康体を取り戻せない患者さんの癒しを目指す「医療空間」を構成する要因に関して報告します。